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鈴木愛理
野生動物って基本、ダメージ受けてても元気なフリするんですよ。弱ってると狙われるから。ポジティブなポストで埋まったフェイスブックの記事見るたびにそれを思い出すんです
(via y-haruka)

小学生になる前の幼児と、かくれんぼをしたことはありますか?

 じゃんけんに勝った子供たちは、鬼役のもとから脱兎のごとく駆け出し、思い思いの場所に身を隠します。

 鬼は、さあどこにいるかと周囲を探し始めるわけですが、それほどスリリングな体験を得ることはできません。なぜなら、隠れた子供たちはそれぞれの場所からちょこちょこと顔を出して、鬼の様子を伺うからです。

 大人の鬼なら簡単に子供の居場所を見つけてしまいます。そして、「いたぞ!」と子供を指さそうものなら、「わぁぁ!!!」。もう狂喜乱舞の大騒ぎになります。

 見つかった子供はゲームに「負けた」にもかかわらず、ものすごく喜んでいる。結局、子供にとって、かくれんぼの目的は“隠れること”ではなく、“見つかること”なのだと分かります。

 3歳ぐらいの子供であれば、「見つけてもらえた」という実感を与えるのに、かくれんぼをする必要すらありません。そこに子供がいてもいないふりをして、「あれ、どこいちゃったのかなあ」と、とぼけて見せる。で、突然、「いた!」と子供を指さす。これだけで、「わぁぁ!!!」。子供は満面の笑みを浮かべて喜びます。

 子供はきちんと指をさされることに、おそらく安心を覚えるのでしょう。“自分の存在”を確認してもらえたことに。


 大人は指さしなどされたくありませんが、自分の存在をきちんと確認してもらいたいという欲求そのものは、子供と同様です。確かに自分が「ここにいる」ということを認めてもらいたい。「存在承認」が欲しいのです。

 朝、職場で上司に「おはようございます」と声をかけたら、何も言葉が返ってこなかった。明らかに気づいているはずなのに応答がない。それだけでその日一日調子が悪くなるかもしれません。

 友達のパーティーに呼ばれて行ってみたら、友達以外は知らない人ばかりだった。誰も自分に関心を向けてくれず、壁際で独りたたずんでしまう。ちょっと胸が塞がるような居心地の悪さを感じるでしょう。

 メールをプロジェクトチームのメンバーに送ったのに、返信がない。「たぶん向こうも忙しいんだろう」とは思っても、少し心がざわつきます。

 存在承認が足りなくなってくると、人は「シンプトム」、つまり「症状」を表出させます。その種類は主に2つ。自分をアピールして関心を引こうとする「アピール型」か、陰に隠れることで逆に関心を引こうとする「隠れ型」か、です。

 アピール型のシンプトムは、不平を言う、不満を言う、批判を口にする、自分の大変さを誇示する、人の怠慢をことさらに嘆く、などなど。これらはすべてその人に対する存在承認の不足によって起きている可能性があります。健全なアピールはいいのですが、存在承認不足から生まれたアピールは周りに悪影響を与えます。

 一方、陰に隠れてしまう人もいます。話さなくなる、飲み会などに誘われても行かない、会議などで一切発言しない、遅刻する、挨拶をしない。これらは隠れ型のシンプトムである可能性があります。

 「鶏が先か卵が先か」のような話ではありますが、風通しの悪い職場では、お互いに対する存在承認が薄いので、個々が多くのシンプトムを表出させます。それによってより雰囲気はさらに悪くなり、そしてまたシンプトムが多く表れることに……。

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